HDR 映像によってコンテンツ制作とその配信や放送を大きな輝度レンジと広い色域で実現することができます。映像コンテンツにより大きな視覚的なインパクト、現実感、深淵さ、シャープネスそして明瞭性をもたらします。強烈なハイライト部の輝き、そして豊かな暗部諧調表現だけではなく、被写体の色彩の微妙な違いで放たれるリアリズムも伝えることができるのです。
最近のシネマカメラや放送カメラでは高色域・HDR化が進み、露出段数に換算して15段ものダイナミックレンジで撮影を行うことができます。従来のITU-R BT.709規格やBT.1886規格の標準ダイナミックレンジ映像(SDR)では6段から7段程度のダイナミックレンジしか持っていないので、カメラが捉えた信号を相当に圧縮して映像信号としなければなりませんでした。 映画コンテンツ、ドラマやドキュメンタリーなどはカラーグレーディングシステムでカメラが捉えた映像信号の圧縮を 行うことになります。例えば映画では役者の表情は演出上もっとも大事な映像要素となりますが、それを適切に維持しようとすると背景が白く飛んだり、影の部分が黒くつぶれたりしてしまうことが多々ありますので、カラーグレーグレーディングに多くの時間が割かれることになります。場合によっては明部、もしくは暗部の犠牲と言った妥協を強いられることもあります。 一方HDR制作では、カメラが捉えた広大な映像信号を大きなカラーパレットを持つグレーディングシステムとHDRモニタを使ってすべて取り込むことができますので、妥協のない映像表現や演出を実現することができます。つまりHDR映像仕上げ作業は、SDR制作に比較して、よりスムーズに、そしてより豊かな表現や演出で進めることができます。 |
典型的なHDR映像例 (準備中)
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ドルビーシネマについて
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ドルビーシネマはドルビービジョンと立体音響技術のドルビーアトモス[を採用し、さらにシネマ体験に最適化されたシアターデザイン(インテリアカラー、空間デザイン、座席アレンジメント)がこれらの技術と一体となって、アクションや物語をより豊かに観客に届けるシアター。まるでスクリーン上の世界にいるような感覚を味わえます。
上映は最先端のレーザープロジェクタを使い、自然な立体感を伴った色彩豊かな映像を実現しています。数千nitまでの輝度レンジを持つ明るいリビングで観るホーム用ドルビービジョンコンテンツとは違い、ドルビーシネマ映像は最高でも108nitの輝度に収めて、100万:1のコントラス比をもつドルビーシネマ・プロジェクタで上映されます。これまでの通常のシアターでは48nitですので倍以上の明るさがありますが、映画館のような全暗になる環境下ではこの輝度で十分な眩しさを体験できます。 108nitの1/1,000,000のコントラスト比ですので0.0001nitから映し出す能力があるということになります。これまで劇場用・家庭用のプロジェクタやディスプレイ装置では実現できなかった漆黒の闇や極わずかな光を豊かな暗部諧調で再現することが可能になっています。暗部強い人間に視覚特性に合わせて、暗部に大量のコードワードデータ割り振ったPQ信号だからこそ実現できることです。ドルビーシアターの輝度レンジが拡大したのは明部方向が二倍に対し、暗部方向は数百倍に拡大されているのでカラリストは、人間の視覚が最も敏感な反応をする暗い部分のディテールにこだわることができます。 この広いダイナミックレンジと色域を活用できるドルビービジョン映画作品のカラーグレーディング作業では、映画館と同一仕様のプロジェクタを使用します。制作環境と上映設備の機器統一により ドルビーシネマでは制作者の意図を正確に上映させることができるのです。 ドルビーアトモスにより、映画制作者は、劇場の隅々にサウンドを配置し自由に移動させることができます。ドルビーアトモス単体のシアターは22019年10月現在、全世界4,800以上のスクリーンに導入済か導入予定で、1,300以上の公開作品に採用されています。 実際にドルビーシネマを体験した人に聞いても「ドルビービジョンは明るい」という感想を聞くことはほとんどありません。ドルビーシネマ作品をグレーディングするとき、映画館と同じ環境下で輝度や色をその環境にふさわしい、つまり映画にふさわしい平均輝度に自然と落ち着いてゆきます。つまり48nitから108nitの高輝度部分はスペキュラーハイライトの領域として質感の演出に主に用いられているのです。 補足: 暗部表現に強いPQ信号: 10,000nitまでのPQの映像信号コードワードの内100nit以下では全体の52%、5nit以下には21%、0.5nit以下においても6.4%が割り付けられています。暗部に強い人間の目の視覚特性に合わせた割り付けで、人の目に対してはリニアな割り付けとなっています。 |
ドルビーシネマの劇場デザインについて
ドルビーシネマでは、無駄を極力排し、観客が作品のみに集中・没入できる環境をコンセプトにしています。入り口から劇場内まで、黒を基調とし、「ドルビーブルー」と呼ぶ青のLED ライトのみが光るシンプルなデザインになっており、ドルビーアトモスのために、左右の壁、天井に設置されたスピーカも、「コクーン」と呼ばれる音響透過布で覆い、可能な限り見えないようにしています。 ドルビーアトモスを最高の環境でお楽しみいただくための性能要件も規定されています。壁は全面吸音加工し、吸音材の厚さ・劇場内の騒音、遮音性能等が仕様化されています。ドルビービジョン・プロジェクションシステムによる、ハイコントラストで色彩豊かな表現、特に優れた暗部表現を忠実に再現するために、スクリーンへの反射には非常に気を使っています。座席・カーペット・手すり等の劇場内の素材は黒の艶消しとし、ステップライトの照明輝度も性能要件として仕様化されています。座席配置に関する必要要件も仕様化されており、垂直・水平視野角を考慮したレイアウトにより、どの座席からでも等しく最高の作品体験ができるように工夫しています。 ドルビーシネマの必要要件ではありませんが入り口にAVP (Audio Visual Path)と呼ばれる、音響映像通路をオプションとして設置しています。ここでは上映作品をイメージした専用映像を投射する事により、これから鑑賞する作品への期待感を高めてもらい、入り口から作品の世界に没入していただく効果を演出しています。 このようにドルビーシネマでは、最新鋭の音響・映像技 術に加えて、劇場デザインも重要な構成要素となっています。 2015年欧州より導入が始まった「ドルビーシネマ」は、北米、中国はじめ世界各地へと拡大し 、現在では、導入済、若しくは導入予定のスクリーン数は 400 スクリーン以上となっている。日本におけるドルビーシアターは2019年10月現在、稼働しているのは全国で以下の5スクリーンですがその高品質な劇場体験への期待感も高く今後急速に拡大するものと期待されています。 - T・ジョイ 博多 - MOVIX さいたま - 梅田ブルク7 - 丸の内ピカデリー - ミッドランドスクエアシネマ 名古屋 - MOVIX京都 - T・ジョイ 横浜 (2020年5月30日オープン) |
ドルビービジョンについて
2014年1月の米国CESショーで発表された高色域HDR映像技術のドルビービジョンは、その後OTT映像配信、ブルーレイそしてハリウッドのシネマなどで幅広く採用され、視聴デバイスもテレビやスマホなど数多くの民生用対応機器が市場に投入されています。 技術的特徴 ドルビービジョンはコンテンツの制作段階からTVやスマートフォン、タブレットなどの表示デバイスまでカバーするエンド・ツー・エンドのHDR技術です。多くのオフライン制作される映画やTVドラマなどでは、P3あるいはBT.20220の色域で1000~4000nit のピーク輝度をもつSMPTE ST2084、通称PQ (Perceptual Quantizer:人間の視覚特性に基づく量子化) <1>モニタで非常に大きなカラーボリュームを持ってグレーディングされます。PQでは絶対輝度方式の伝送となるのでスタジオマスタと同じカラーボリューム<2> のまま家庭に届けられます。しかし家庭のテレビの表示性能は現時点ではそのような輝度レンジや色域をもっていません。つまりスタジオマスタに比べて小さなカラーボリュームですので、そのままでは制作者の意図を反映した表示とはなりません。このためドルビービジョンでは、コンテンツ制作時にドルビービジョン対応のグレーディング・ツールによって自動生成されるシーン毎の動的なメタデータ<3> も同時にユーザーデバイスに届ける仕組みが組み込まれています。ドルビービジョンに対応するTVやスマホ、あるいはSTBやデジタル・メディア・アダプター(DMA)などは、そのメタデータを使って表示デバイス自身のカラーボリュームに合わせて適切にマッピングダウンして表示されます。この仕組みによってドルビービジョンは制作者が制作用のマスタモニタで確認した色や映像表現のディテールを暗部・明部を含めて正しく最終消費者に届けることができます。 備考 <1> PQ信号の解説については2016年月刊ニューメディア発行の「HDR制作の解説書」の筆者出稿“PQ方式HDRとドルビービジョン概説”をご参考ください。 <2> 色域と輝度のダイナミックを合わせて表現すると立体構造となるのでカラーボリュームと呼ばれる <3> SMPTE ST209-10として規格化されている |
ドルビーアトモスについて
ドルビーアトモスは、開発着手当時の映画音響で最大のチャンネル数である7.1チャネルを超える音像定位と、高さ方向の音響表現を可能にするために開発されました。音像を正しく定位させるためには、スピーカの数とチャンネル数を増やすことが必要した。しかし、7.1の次9.1や11.1、22.2とチャンネルが増えるたびに、ミックスする環境にはふさわしい音響装置が必要ですし、ミックスのための音響卓やDAW(Digital Audio Work Station)も対応を求められます。さらにミックス作業はそれらのチャンネルバージョンの全てが必要となります。制作予算が十分な作品でも7.1チャンネル以上の音響と従来チャンネルの複数を制作することは容易ではありません。 それを解決する方法としてドルビーアトモスはオブジェクトベースの音響制作手法を採用しました。オブジェクトベースでは制作環境の合理性ばかりではなく、各々映画館の特徴に合わせ、視聴空間に理想的なスピーカ配置を提案することができます。ドルビーアトモスでは、チャンネルベースで演出上効果的な要素として、複数のスピーカをアレイとして使用することができます。したがって5.1など従来音響制作にも柔軟に対応できる仕組みを持ちます。 オブジェクトベースでは、音声そのものと再生位置を含む情報(Metadata)が、映画館や家庭などのドルビーアトモス再生環境に提供されます。スピーカで音声作成をするために、位置情報を頼りにチャンネルベースに変換、これをレンダリングと呼んでいます。レンダリングは自動で行われます。映画館では、備え付けのシネマプロセッサに映画館に設備されている全てのスピーカの位置、種類、特性が記録されており、オブジェクト音声を出力するにふさわしいスピーカを見つけてくれます。プロセッサは最大で64チャンネルの出力を持ちますので、もし64個のスピーカがあれば64チャンネル音響を出力することができます。家庭ではAVアンプ等のドルビーアトモス・デコーダ内蔵機器が必要な数のチャンネルへレンダリングします。 映画館や再生環境によって最適数が異なりますので、アトモス対応コンテンツではチャンネル数を表記しません。家庭でのアトモス視聴環境として天井に2つまたは4つのスピーカを設置(バチャライザーや音響反射を利用した仮想のスピーカもある)するケースを、チャンネルベースとしての呼称として5.1.2ch/5.1.4chと表現します。これで平面の5.1chと天井の2chという内訳をわかりやすくし、7.1ch/9.1chと区別することができます。 ドルビーアトモスでは、オブジェクト音声を118トラックとベッド(7.1.2チャンネルベース)音声を同時発生音声としてレンダリングすることが可能です。映画館環境での最大64チェンネルと家庭環境での5.1.2チャンネルに対しても、同じ仕組みで音響制作されているので、DAWのセッションファイルにも区別はありません。従来のチャンネルベースと同じく、バージョニングやリミックス作業や、二次三次利用も目的に合わせてのダイナミックレンジやラウドネス等の調整ができます。 この写真のように、飛行機や鳥など頭上を移動する音を、大迫力でリアルに表現するにはドルビーアトモスは最適なシステムです。しかし日常の生活を表現するようなドキュメンタリーやドラマにおいても、そのシーンをよリアルにそしてごく自然に表現できるという点で、とても優れています。現実世界ではたくさんの音が移動しており、その音が壁や天井などで反射して、様々な方向から聞こえてくるからです。人、音楽、物のさまざまなサウンドが周囲の三次元空間で動き回るため、自分がそのシーンの中にいるかのように感じられます。観客の声援に包み込まれる中で展開されるスポーツやミュージックライブのコンテンツでは、まさに会場にいるような臨場感をもたらすことができます。
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